市場調査レポート / インド × EU × 衣料品輸出トレンド
インドのEU向け衣料品輸出は本当に伸びているのか
— 一次データで読み解く「記録更新」と「反落」、そして日本の繊維産業が“インド経由でEUに売る”可能性 —
Eurostat・インド繊維省(Ministry of Textiles)・インド海運省・EU欧州委員会・Fibre2Fashion・Apparel Resources・Business Standard・Textile Focus・CareEdge Ratings ほか各機関公表資料をもとに編集。本稿は確認済みの一次データのみを掲載し、推論・予測的解釈は含まない。
インドのテキスタイル・縫製メーカーと直接会えるビジネスの場
インドトレンドフェア東京
EU向け輸出を拡大するインドのアパレル・縫製事業者のニーズを、来場者として直接確認できます。
2025年以降、「インドのEU(欧州連合)向け衣料品輸出が伸びている」という報道がインド・欧州の繊維メディアで相次いでいる。2026年1月27日にはEU-インド自由貿易協定(FTA)の交渉妥結が発表され、この流れはさらに加速すると受け止められている。だが「伸びている」という言葉だけが独り歩きしていないか——本稿では、その真偽をEurostat(EU統計局)とインド政府統計、および両地域の一次資料で検証する。
一言でまとめると:「伸びている」は2025年(暦年)については事実である。インドのEU向けアパレル輸出は2025年に前年比+19〜21%で急伸し、2025-26年度(FY26)には過去最高の46.6億ドルを記録した。ただし右肩上がりの直線ではない。2026年前半はEU輸入市場全体が約10%縮小し、その中でインドも反落した。本当の追い風は、これから発効するEU-インドFTAである。
✏️ 編集後記
本稿は「インド繊維インサイト」の市場調査レポートとして、EU-インドFTAを扱った前回記事「日本・韓国の生地はインドで売れるか(第2回)」の姉妹編にあたる。前稿がFTAの制度的インパクトを扱ったのに対し、本稿は「輸出は実際に伸びているのか」という数値の真偽検証に焦点を絞った。数値は測定基準(インドの会計年度/EUの暦年)によって見え方が変わるため、両者を並記している。
この記事の内容
① 「伸びている」報道はどこから来たのか
② 2025年の急伸——Eurostatで見る事実
③ 過去最高を更新——インド政府統計(FY2025-26)
④ 2026年前半の反落——市場全体の縮小
⑤ 構造的な追い風——China+1とEU-インドFTA
⑥ 日本の繊維産業への示唆——「インド経由でEUに売る」可能性
⑦ 留意点・前提条件
① 「伸びている」報道はどこから来たのか
— 欧州の「調達シフト」を捉えたという評価 —
「インドがヨーロッパのアパレル調達シフトを取り込んでいる」という評価は、複数の繊維専門メディアが2025年以降に報じたものである。繊維業界の代表的メディアであるFibre2Fashionは、インドを「EUにおける主要アパレル供給国のなかで最も成長の速い国」と位置づけた。背景には、コスト一辺倒だった欧州バイヤーの調達方針が、地政学リスク分散(いわゆる「China+1」)と品質・サステナビリティ重視へと移行していることがある。
出典:Fibre2Fashion「India captures Europe’s apparel sourcing pivot」(2026年);Apparel Resources「India’s Apparel Exports to the EU Gain Momentum Ahead of FTA」(2026年)
② 2025年の急伸——Eurostatで見る事実
— EU側の一次統計で確認できる数値 —
EU統計局(Eurostat)ベースの2025年(暦年)のデータは、「伸びている」という評価を裏づける。インドのEU向けアパレル輸出は、2025年1〜4月に前年同期比+21.5%、金額で18.7億ユーロ(前年同期は15.4億ユーロ)に達した。さらに1〜5月の累計では前年同期比+19.1%の23.8億ドルを記録し、主要供給国のなかで最も高い伸び率を示した。
EU向けアパレル輸出
(2025年1〜4月・前年比)
+21.5%
18.7億ユーロ(Eurostat)
主要供給国中の伸び率
(2025年1〜5月・前年比)
+19.1%
23.8億ドル/トップ級(Eurostat)
競合国と比較すると、当時の欧州の調達シフトが立体的に見えてくる。
| 供給国 | 2025年1〜4月・前年比 | 金額 | 評価 |
|---|---|---|---|
| インド | +21.5% | 18.7億ユーロ | 高い伸び |
| バングラデシュ | +25.3% | 75.4億ユーロ | 最大シェア・高い伸び |
| トルコ | −4.0% | 29.1億ユーロ | 主要国で唯一の減少 |
ここが重要:2025年前半、伸び率だけを見ればバングラデシュ(+25.3%)がインド(+21.5%)を上回っている。インドは「最速級の一つ」ではあるが「唯一の勝者」ではない。一方でトルコは主要国で唯一のマイナスとなり、欧州バイヤーの調達先がインド・バングラデシュへシフトした構図が確認できる。
出典:Eurostatベース各紙報道(New Age Bangladesh/Textile Focus ほか、2025年)。インドの伸び率・金額はEurostat集計に基づく報道値。
③ 過去最高を更新——インド政府統計(FY2025-26)
— インド会計年度ベースでも「記録更新」は事実 —
インドの会計年度(4月〜翌3月)ベースでも、記録更新は事実である。インド政府発表によれば、2025-26年度(FY26)のEU向けアパレル輸出は過去最高の46.6億ドル(前年度45.5億ドルから増加)に達した。EUは米国に次ぐインド繊維・アパレルの第2位の輸出先である。
EU向けアパレル輸出
(FY2025-26・過去最高)
46.6億ドル
前年度45.5億ドル(インド政府)
繊維輸出総額
(FY2025-26・全世界)
330.1億ドル
前年比+2.1%(インド繊維省)
主要なEU市場向けは、会計年度ベースでも堅調に伸びている。インド繊維省(2026年4月22日発表)によれば、市場別の伸び率は次のとおり。
| 市場 | FY2025-26・前年比 |
|---|---|
| スペイン 🇪🇸 | +15.5% |
| ドイツ 🇩🇪 | +9.9% |
| 英国 🇬🇧(参考) | +7.8% |
| UAE 🇦🇪(参考) | +22.3% |
製品別内訳では、EU向け繊維・アパレル輸出のうち既製服(RMG)が約60%、綿製品が17%、化合繊(MMF)が12%を占める。EU全体のアパレル・繊維輸入規模は2024年に約2,635億ドルで、インドのシェアは約5%にとどまる——裏を返せば、拡大余地はなお大きい。
出典:インド海運省発表(Apparel Resources/Fibre2Fashion 報道、2026年);インド繊維省「FY2025-26 繊維輸出統計」(2026年4月22日);EU欧州委員会・PIB資料
④ 2026年前半の反落——市場全体の縮小
— 「伸びている」の賞味期限を精査する —
ここが本稿で最も重要な検証点である。2025年の急伸は、2026年に入って一転した。Eurostatベースの2026年1〜4月のデータ(Textile Focus、2026年6月28日)によれば、EUのアパレル輸入は市場全体で前年同期比−10.42%(277.7億ユーロ)と大きく縮小し、その中でインドも−12.10%(16.4億ユーロ)と、市場平均を上回るペースで減少した。数量(−7.70%)・単価(−4.76%)の両面で下落しており、前年の勢いは失われている。
| 供給国 | 2026年1〜4月・前年比 | 金額 | 特徴 |
|---|---|---|---|
| EU全体 | −10.42% | 277.7億€ | 市場全体が縮小 |
| インド | −12.10% | 16.4億€ | 数量・単価とも下落 |
| バングラデシュ | −19.33% | 60.9億€ | 最大の落ち込み |
| 中国 | −4.70% | 79.5億€ | 最小の落ち込み・数量は+3.25% |
| ベトナム | −0.70% | 13.7億€ | 最も底堅い・単価+6.90% |
| トルコ | −16.60% | 24.2億€ | 数量−17.83% |
検証結果:「インドのEU向け衣料品輸出が伸びている」は、2025暦年・FY2025-26という期間を切り取れば正しい。しかし2026年前半は、EU全体の需要減退(在庫調整・欧州の消費低迷)のなかでインドも反落しており、「一本調子で伸び続けている」わけではない。報道の見出しだけを鵜呑みにせず、対象期間と測定基準を必ず確認する必要がある。
出典:Textile Focus「EU Apparel Imports (Jan–April) 2026」(2026年6月28日、Eurostatデータ)
⑤ 構造的な追い風——China+1とEU-インドFTA
— 反落を超えて中期を左右する二つの要因 —
短期の反落があっても、中期の構造要因は依然としてインドに有利に働く可能性が高い。確認できる要因は二つある。
🔁 要因1:欧州の「China+1」調達シフト
欧州バイヤーは地政学リスクの分散と供給網の多元化を進めており、中国一極からの脱却先としてインドが選好されている。CareEdge Ratingsは「China+1戦略を採るグローバルブランドにとって、インドの競争力が一段と高まる」と分析している。
🤝 要因2:EU-インドFTA(2026年1月27日 交渉妥結)
FTAが発効すれば、これまでインドのアパレルに課されていた最大9.6〜12%のMFN関税が原則ゼロになる。「Everything But Arms(EBA)」で無関税だったバングラデシュ、優遇制度を持つベトナム・パキスタンとの価格競争条件が均等化する意義は大きい。ただし発効には欧州議会・EU理事会・インド議会の批准が必要で、GTRI(Global Trade Research Initiative)は発効まで「少なくとも1年」との見方を示している。
重要なのは、2026年前半の反落はFTA発効「前」の局面だという点である。関税撤廃の効果はまだ数字に表れていない。FTAが実際に発効すれば、インドの価格競争力は一段と高まり、④で見た反落からの回復・再拡大の起点になり得る。
出典:EU欧州委員会「EU-India Free Trade Agreement」(2026年);CareEdge Ratings(2026年1月);GTRI/EU-India Trade Council(2026年1月)
📊 精査のまとめ——「伸びている」の正しい読み方
✅ 2025年(暦年):EU向けアパレル輸出は+19〜21%で急伸。事実。
✅ FY2025-26:EU向けは過去最高の46.6億ドル。主要EU市場(スペイン+15.5%、ドイツ+9.9%)も堅調。事実。
⚠️ 2026年1〜4月:EU市場全体が−10.4%と縮小し、インドも−12.1%と反落。「一本調子ではない」。
🔑 中期の鍵:China+1シフトとEU-インドFTA(未発効)。関税撤廃効果はこれから。
🧵 日本への含意:インドの品質・素材の高度化投資は、日本の高機能素材・生地が「インド縫製 → EU販売」の入口として供給する好機。ただし原産地規則とEU非関税要件への対応が前提。
背戸土井(せとどい)
繊維商社にてインド生産を中心とした業務に12年間従事。現地工場との生産管理・品質管理など、繊維ビジネスの実務経験を積む。その後、インドと日本を拠点とする株式会社インフォアイを設立。繊維業界向けのクラウドソリューション開発や画像加工サービス「キリコム」を中心に事業を展開している。
現在は、繊維業向けクラウドソリューション「KIRIKOM PLUS」など、繊維業界の業務効率化とデジタル化を目的としたソリューションの開発・提供を、日本および海外の企業に向けて行っている。
インドのアパレル・縫製メーカーと直接会う
インドトレンドフェア東京
EU向け輸出を拡大するインドの縫製メーカーに、生地ニーズ・品質基準・価格帯を直接確認できる商談の場です。
主催:NPO法人日印国際産業振興協会(JIIPA)| india-trend-fair.jp
⑥ 日本の繊維産業への示唆——「インド経由でEUに売る」可能性
— 一次資料から構造的に確認できる事実のみを整理 —
ここまでの検証から、日本の繊維産業にとって一つの構図が見えてくる。インドの縫製・アパレル事業者に生地や素材を販売することは、間接的に「EU向け製品のインプットを供給する」ことに直結する——という構図である。以下は各機関の一次資料から構造的に確認できる事実であり、推論は含まない。
事実① インドの縫製工場に「品質・素材の高度化」の誘因が生まれている
Fibre2Fashionは「EU市場へのアクセス改善により、インドメーカーはテクニカル生地・高機能素材など付加価値の高いセグメントへの投資を拡大し、欧州の品質・サステナビリティ基準を満たすための設備投資が増える見込み」と報告している。EU向け輸出を狙うほど、インドは高品質なインプット素材を必要とする。
事実② EU市場は「機能性・付加価値のある生地」を明確に求めている
Global Textile Timesは「EUのアパレルバイヤーはコスト削減だけでなく、品質の安定・設計主導型製品・短サイクルでの供給を重視している」と分析している。日本の繊維産業が強みを持つ高機能素材・高品質生地・染色仕上げ技術は、まさにこのEU側ニーズと重なる領域である。
事実③ MMF(化合繊)分野はEU向けに最も成長余地が大きい
Fibre2Fashionは「EUのアパレル需要の多くがMMFおよびブレンド素材で占められるなか、インドのスラット(Surat)などのMMFハブはEU向け輸出を拡大する見通し」と述べている。EU向けアパレルに占める化合繊(MMF)の比率(③で見たとおり約12%、伸び率は品目中で高い)を踏まえると、日本の合繊・機能性素材メーカーにとって供給余地がある領域といえる。
🧵 構図——日本の生地が「インド縫製 → EU販売」の入口になる
EUがインドのアパレル関税をゼロに向かわせた結果、インドの縫製・アパレル事業者はEU向け輸出拡大を狙う明確な誘因を持つ。そのためにEU側が求める基準(機能性・サステナビリティ・トレーサビリティ)へ対応すべく、素材の品質を引き上げる投資を進める。日本の繊維産業が「EU規格に適合したインド縫製品のためのインプット素材サプライヤー」として参入する余地は、この点に存在する。
⚠️ ただし——「日本の生地をインドで縫うだけ」では通用しない二つの壁
壁1:原産地規則(Rules of Origin)。FTAの特恵関税を受けるには「インド原産」と認められる必要がある。日本で生産した生地をインドで縫製しただけでは、実質的加工・変換(substantial transformation)の要件を満たさず「インド原産」と認められない可能性がある。生地供給と現地の加工工程の設計をセットで考える必要がある。
壁2:EUの非関税要件。関税ゼロだけでは参入できない。EUはREACH規制(化学物質)、ESPR/デジタルプロダクトパスポート(トレーサビリティ)、CSDDD(サステナビリティ・デューデリジェンス、2027年施行予定)など厳格な基準を課す。日本側の素材がこれらに適合していることは、むしろ強力な差別化要因になり得る。
出典:Fibre2Fashion「India-EU FTA could reshape apparel and textile trade dynamics」(2026年1月);Global Textile Times(2026年1月);インド商工省「India-EU FTA FAQ」(PIB、2026年1月);EU欧州委員会・RFKN Legal(2026年1月)
⑦ 留意点・前提条件
- 測定基準の違い:インドの会計年度(4月〜翌3月)ベースとEUの暦年(Eurostat)ベースでは対象期間が異なり、成長率の見え方が変わる。本稿は両者を並記している。数値は各機関の集計・報道値に基づく。
- 「最速の供給国」という表現:Fibre2Fashion等はインドを最速級と評価したが、2025年前半の伸び率ではバングラデシュ(+25.3%)がインド(+21.5%)を上回る局面もあり、「唯一の勝者」ではない。
- 2026年前半のデータは速報値:2026年1〜4月の反落はEU市場全体の縮小を背景としたもので、通年の確定値ではない。
- EU-インドFTAは未発効:2026年1月27日に交渉妥結が発表されたが、発効には欧州議会・EU理事会・インド議会の批准が必要。関税撤廃効果は本稿の輸出データにはまだ反映されていない。
- 予測値は確約ではない:業界機関による輸出増加率等の予測は各機関の推計であり、実績を保証するものではない。
※本稿は公開情報の要約・整理を目的とした市場調査レポートであり、投資・取引の助言を意図するものではありません。数値は執筆時点で確認できた各機関の公表資料・報道に基づきます。